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葬儀・家族葬ブログ

参列者の知識
葬儀のお清めの塩の持つ意味とは?使い方と由来
こんにちは。静岡の葬儀社 富士葬祭です。
葬儀に参列したあと、会葬礼状と一緒に小さな袋入りの塩をいただいたことはありませんか?
これは「お清めの塩」と呼ばれ、日本の葬儀における習慣の一つです。
「この塩は何のためにあるのか」「どうやって使うのか」と疑問に思われる方も少なくないでしょう。
今回のコラムでは、お清めの塩の本来の意味や由来、適切な使い方などを詳しくご紹介します。
参考にしていただき、不安や疑問を解消していただければ幸いです。
目次
葬儀で使うお清めの塩の意味と由来
日本の葬儀におけるお清めの塩は、「穢れ(けがれ)」を払う意味を持っています。
日本の土着宗教である神道では、古くから死を「穢れ」と捉える観念がありました。
これは故人様を不浄とみなすのではなく、死に伴う邪気や穢れを払う必要があるという考え方です。
「穢れ」という言葉には、「気が枯れる」状態として生命力が失われていく状態も指し、死はその究極の形とされていました。
この穢れは生者にも影響を与えると考えられ、清めの儀式が必要とされたのです。
塩が持つ清め・浄化の力
塩は古来より浄化の象徴とされ、神聖な働きがあると信じられてきました。
海水から火で作られることから、「水」と「火」両方の力を持つ特別な物質と考えられていたのです。
また、実用面からみると、塩には強い防腐・殺菌効果があります。
現代の冷蔵技術がなかった時代、塩は食物の保存や遺体の腐敗防止にも使われていました。
この実用的な効果が、象徴的な「穢れを払う」という意味と結びついたとも言えるでしょう。
日本に根付く清めの文化
日本文化には、神社での手水(ちょうず)や相撲の土俵に塩をまくなど、さまざまな「清め」の習慣があります。
葬儀後に塩で身を清めるという風習も、この日本特有の清浄文化の流れを汲んでいるものです。
昔は葬儀から帰る途中、海辺でみそぎをしたり、手に塩をつけて洗ったりする習慣がありました。
今日では小袋に入った塩を持ち帰り、自宅の玄関先で使うというスタイルになっています。
葬儀でのお清めの塩の使い方
お清めの塩は、葬儀からの帰宅時「玄関に入る直前」が使うタイミングです。
家に入る前に塩で身を清め、家の中に穢れを持ち込むことを防ぎます。
マンションなどの集合住宅でも、本来の趣旨からすると、自宅の玄関をまたぐ前に使用することが望ましいとされています。
しかし、集合住宅で共用部分を汚してしまうことが気になる場合は、建物に入る前に使用しても問題ありません。
葬儀後に職場や別の場所へ行く場合は、葬儀会場を出た直後に使うケースもあります。
お清めの塩の使い方の手順
お清めの塩の使い方をご紹介します。
- お清めの塩を袋からひとつまみ取る
- 胸に塩を振りかけ、それを手で軽く払う
- 背中または肩に塩を振りかけ、手で払う
- 足元に塩を振りかけ、手で払う
- 落ちた塩を踏んでから玄関に入る
この胸、背中、足元という順番は血の流れに沿ったものだといわれ、邪気が体内に入り込むのを防ぐ意図があります。
背中に塩をかけるのが難しい場合は、手の届く肩の部分に振りかけるなど工夫してみましょう。
最後に落ちた塩を踏むことで、穢れを完全に断ち切るという意味が込められています。
注意点とNG行動
塩が衣服に残ったまま家に入ると、かえって穢れを持ち込むことになると考えられています。
そのため、しっかり手で払ってから家に入るのが基本です。
なお、清めの塩には乾燥剤などが含まれているケースがあり、食用ではありません。
食品としての基準を満たしていない可能性があるので、決して口に入れないでください。
使い残した塩は、食用には使わず、一般ごみとして処分するか、庭に撒く、排水口に流すなどの方法で処理しましょう。
葬儀でお清めの塩を使わないケースもある?
お清めの塩は日本の葬儀における習慣の一つですが、全ての葬儀で必ず用いられるというわけではありません。
宗教や地域によって考え方が異なり、使わないこともあります。
神道と仏教による考え方の違い
神道と仏教では死に対する捉え方が根本的に異なり、仏教では基本的に死を穢れとは考えていません。
「誰でも浄土に行くことができる」という教えから、むしろ死を身近なものとして向き合う教えがあります。
特に「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」の教えがある浄土真宗では清めの塩を用いないのが基本です。
浄土真宗だけではなく、ほかにも似た考え方の宗派があります。
しかし、日本では、神道と仏教は密接にかかわりながら共存してきました。
清めの塩自体は神道の考え方に基づく風習ですが、仏式の葬儀で用いられることも多いです。
地域による風習の違い
地域によって、お清めの方法はさまざまです。
塩だけでなく、生米や味噌、大豆、魚、鰹節、餅などを食べて「お清め」とする地域も存在します。
また、通夜振る舞いなど葬儀後の食事も「お清め」の一種とされています。
特に酒には邪気を払う力があるとされ、神聖な力を持つものとして認識されてきました。
現代における考え方の変化
近年では、死を穢れとする考え方自体に共感されない方も増えています。
故人様を敬い悼む気持ちで参列する一方で、死を不浄とみなすことに違和感を覚える方も少なくありません。
葬儀社によっては、お清めの塩を標準では用意しないところも増えています。
ただし、要望に応じて準備してもらえることがほとんどですので、必要な場合は葬儀社のスタッフに伝えてみてください。
お清めをするかどうかは個人の信条や考え方によるものであり、正解や間違いはありません。
自分自身の気持ちに沿って判断することが大切です。
葬儀のお清めの塩は日本古来の浄化儀式
葬儀で配られるお清めの塩は、死を「穢れ」と捉える神道の考えに基づき、邪気を払う浄化を目的としています。
帰宅時に玄関前で塩を胸・背中・足元の順に振りかけて手で払い、落ちた塩を踏んでから家に入ることで、穢れを払い、家に持ち込まないようにするのです。
なお、仏教では死を穢れと考えないため、一部の宗派では用いないこともあります。
地域によっては米や味噌などを使う独自の清め文化も存在します。
現代では宗教観や価値観も多様化しているため、そこに正解・間違いはありません。
お清めの塩を使うかどうかは、個人の信条や思いに合わせて判断してみてください。
静岡県の葬儀は、富士葬祭におまかせください。
いざというときに慌てないためにも、葬儀場の見学や事前相談も承っております。